「青樹の梢をあふぎて」
まづしい、さみしい町の裏通りで、
青樹がほそほそと生えてゐた。
わたしは愛をもとめてゐる、
わたしを愛する心のまづしい乙女を求めてゐる、
そのひとの手は青い梢の上でふるへてゐる、
わたしの愛を求めるために、いつも高いところでやさしい感情にふるへてゐる。
わたしは遠い遠い街道で乞食をした、
みぢめにも飢ゑた心が腐つた葱や肉のにほひを嗅いで涙をながした、
うらぶれはてた乞食の心でいつも町の裏通りを歩きまはつた。
愛をもとめる心は、かなしい孤独の長い長いつかれの後にきたる、
それはなつかしい、おほきな海のやうな感情である。
道ばたのやせ地に生えた青樹の梢で、
ちつぽけな葉つぱがひらひらと風にひるがへつてゐた。
底本: 現代詩文庫1009 萩原朔太郎
出版社: 思潮社
初版発行日: 1975(昭和50)年10月10日
入力に使用: 1975(昭和50)年10月10日
入力: 福田芽久美
校正: 野口英司
※テキストはインターネットの図書館、「青空文庫」のボランティアの皆様のお力によるものです。
Photo:ゆんフリー写真素材集
BGM:TAM Music Factory
http://www.tam-music.com/index.html
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■ 孝輔のひとこと
いま、過去に読んだ作品をもう一度読み返してます。
改めて、読んでみると、学生の頃は、何がなんだか解からなかった作品であっても、読み返してみると、当時聞こえてこなかった、その音律が響いてきたり、隠された?(見えなかっただけなのか?)部分がちらっと、垣間みえたりするものなのですね。
------- 詩とは感情の神経を摑んだものである。生きて働く心理学である。
私の心の「かなしみ」「よろこび」「さびしみ」「おそれ」その他言葉や文章では言い表しがたい複雑した特種の感情を、私は自分の詩のリズムによって表現する。併しリズムは説明ではない。リズムは以心傳心である。そのリズムを無言で感知することの出来る人とのみ、私は手をとって語り合うことができる。-------
萩原朔太郎
あなたも、是非一度、難しいと思える作品や、自分の中でお蔵入りになってしまった作品を読み返してみてください。きっと、何かが見えてきますよ。
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コメント
とても 心にしみいる朗読でした。
よかったですよ。
そして、リズム。
夜中に目がさめ、飢えたような時間をすごすことも。が、たしかに、言うまでもないことでした。
だからといって、解決にはいたりませんね。
投稿: Suzuka | 2008年6月24日 (火) 17時03分
どうも~ご無沙汰してます。
今回は朔太郎を朗読してみました。
朔太郎のカテゴリーを見ると解かると思うのですが、たぶん、私は代表的な作品はあまり詠んでいないのです。皆さんは、的外れな朗読サイトと思うでしょう。まぁ、朔太郎の有名な作品は、ゆっくりと、詠んでいこうと思っています。そうでないと、このブログ、すぐ終わってしまうから・・(笑)
で、Suzukaさんは、夜中に目が覚め飢えたような時間を過ごす・・・あららら
朗読中毒ですか・・・
いい音楽でも聞いてゆっくりと寝入るのがいいですよ。私は、OTTAVAを聞いて寝てしますのが多いです。
http://www.ottava.jp/index1.html
投稿: 孝輔 | 2008年6月24日 (火) 18時54分