「一本木野」
松がいきなり明るくなつて
のはらがぱつとひらければ
かぎりなくかぎりなくかれくさは日に燃え
電信ばしらはやさしく白い碍子をつらね
ベーリング市までつづくとおもはれる
すみわたる海蒼(かいさう)の天と
きよめられるひとのねがひ
からまつはふたたびわかやいで萌え
幻聴の透明なひばり
七時雨(ななしぐれ)の青い起伏は
また心象のなかにも起伏し
ひとむらのやなぎ木立は
ボルガのきしのそのやなぎ
天椀(てんわん)の孔雀石にひそまり
薬師岱赭(やくしたいしや)のきびしくするどいもりあがり
火口の雪は皺ごと刻み
くらかけのびんかんな稜(かど)は
青ぞらに星雲をあげる
(おい かしは
てめいのあだなを
やまのたばこの木つていふつてのはほんたうか)
こんなあかるい穹窿(きゆうりゆう)と草を
はんにちゆつくりあるくことは
いつたいなんといふおんけいだらう
わたくしはそれをはりつけとでもとりかへる
こひびととひとめみることでさへさうでないか
(おい やまのたばこの木
あんまりへんなをどりをやると
未来派だつていはれるぜ)
わたくしは森やのはらのこひびと
蘆(よし)のあひだをがさがさ行けば
つつましく折られたみどりいろの通信は
いつかぽけつとにはひつてゐるし
はやしのくらいとこをあるいてゐると
三日月(みかづき)がたのくちびるのあとで
肱やずぼんがいつぱいになる
(一九二三、一〇、二八)
底本: 宮沢賢治全集1
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1986(昭和61)年2月26日
入力に使用: 1998(平成10)年5月12日第17刷
校正に使用: 1998(平成10)年5月12日第17刷
入力: 柴田卓治
校正: かとうかおり
※テキストはインターネットの図書館、「青空文庫」のボランティアの皆様のお力によるものです。
BGM:ベートーヴェン:交響曲第6番 へ長調 作品68 「田園」 第5楽章
「クラシック名曲サウンドライブラリー」
http://www.voiceblog.jp/andotowa/
TAM Music Factory
http://www.tam-music.com/index.html
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■ 孝輔のひとこと
この作品は私の好きな作品の一つです。
一本木野は小岩井農場の北東に広がる野原です。
松林を抜け出ると、そこに野原がパーッと開けてくる。電信柱が、賢治が空想した都市、ベーリング市(氷河鼠の毛皮)まで永遠に、ずーっと続き・・澄み渡る海の様な青空・・・。まるで、なにか、映画に出てくるような、ワンシーン・・・。そして、賢治の作品に出て来る、肩に碍子のエボレットをつけて、「ドッテテ ドッテテ ドッテテド」の軍歌にあわせて行進する電信柱(月夜のでんしんばしら)や、(かしはばやしの夜)で盛んに踊ったりした柏の木。清作を、つまづかせようとして、足を出すのは柏の木でしたね。この作品では、賢治は、「山の煙草の木」と冗談を言って、ひやかしていますね。そして敬愛する岩手山とその側に添うようにある、くらかけ山。この二つの山に賢治は理想の親子関係を見出していたのでしょうか・・・。つつましく折られたみどりいろの通信と言うのは、草や木々たちからのラブレターで、そして、林の草むらの中をガサガサ歩いていくと、草や木々たちの種や葉が肱やズボンにいっぱい、くっついてきます。それを草や木々達がくちづけしてくれた証拠だというのです。もう、この表現のなんと素敵で、すばらしいことでしょうか。この作品のバックミュージックは賢治の好きなベートーベンの「田園」にしてみました。
よく賢治の歩いてる姿の写真が掲載されますが、あれって、ベートーベンが散策してる姿にそっくりだと思いませんか?。きっと、賢治もベートーベンと同じように、ウイーンのハイリゲンシュタットの森を散策しているような自分の姿を想像をしていたのでしょうね。
■七時雨=七時雨山。
■薬師岱赭=薬師は東岩手火山の外輪山。岱赭は赤茶色。
■未来派=1910年頃、イタリアに、はじまる前衛芸術運動
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コメント
きましたね~
「一本木野」は、わたしも好きです。
出だしのぬけるような展がり、ベートーベンとはちょっと意外でしたが、なるほど「田園」。ぴったりですね。
目の前にあるのに、その存在そのものも見過ごしてしまうことの多い日常。
この詩を読むと、やはり賢治は、愛でられていたのだと感じます。
すてきでした。ありがとう
投稿: Suzuka | 2008年4月 8日 (火) 16時33分
いつも、コメントをありがとうございます。
賢治の作品で有名だと言ったら、皆さん「永訣の朝」をあげるでしょうが、私は、この作品を一番にあげます。Suzukaさんの言われる通り、最初の出だしは、すばらしいの一言です。もうこの行で、人の心をギュッと掴んでしまう、賢治のテクニック。そして、空想のベーリング市やボルガの岸にあるような、やなぎ木立・・・
もう、日本の岩手じゃなく・・賢治の独特の世界に引き込まれていく自分がそこにあります。
そうですね、愛でられていた、確かに、世界の(宇宙)すべてのものから、愛でられていたと思います。
投稿: 孝輔 | 2008年4月 8日 (火) 17時54分