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2008年4月22日 (火)

「曠原淑女 」

 (3:06)

宮澤賢治

「春と修羅」 第二集 より



曠原淑女 (作品第93番)

(日脚がぼうとひろがれば)下書稿一



 日ざしがほのかに降ってくれば

   またうらぶれの風も吹く

   にはとこやぶのうしろから

   二人のおんながのぼって来る

   けらを着 粗い縄をまとひ

   萱草の花のやうにわらひながら

   ゆっくりふたりがすすんでくる

   その蓋のついた小さな手桶は

   今日ははたけへのみ水を入れて来たのだ

   今日でない日は青いつるつるの蓴菜を入れ

   欠けた朱塗の椀をうかべて

   朝の爽やかなうちに町へ売りにも来たりする

   鍬を二梃たゞしくけらにしばりつけてゐるので

   曠原の淑女よ

   あなたがたはウクライナの

   舞手のやうに見える

     ……風よたのしいおまへのことばを

       もっとはっきり

       このひとたちにきこえるやうに云ってくれ……




底本: 宮沢賢治詩集
出版社: 角川文庫、角川書店
初版発行日: 1963(昭和38)年12月20日
入力に使用: 1998(平成04)年12月20日第48刷
入力: 孝輔



BGM:BRAHIMS WalzerOp.39

http://www5f.biglobe.ne.jp/~hps/

TAM Music Factory

http://www.tam-music.com/index.html


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■ 孝輔のひとこと

この作品は、「日脚がぼうとひろがれば」の下書稿一につけられたものです。最終稿では「ふたりおんなじさういふ奇体な扮装で」になってます。賢治の執拗なまでの推敲は有名で、最初の作品が原型をとどめない物まであるようです。賢治作品では、働く女性がとても、すてきな姿で登場してきます。以前掲載した「早春独白」ではエジプト風のかつぎをした女性でしたね。この作品では、二挺の鍬を荒縄で背中に縛っているウクライナの踊り子のような女性。当時の農作業の女性(今の都会に住む女性なら「超ダサイ」なんて言葉も聞かれるかも?・・粗末なモンペ姿)をとても魅力的で素敵に写し取っています。私は、あの、とても可愛いロシアの人形、マトリョーシカを思い浮かべます。春から初夏にかけての季節感のある花や木や植物、そして、賢治は、透明で暖かくて、楽しい五月の風を、確かにそこで聞き取ったのでしょう。

……風よたのしいおまへのことばを

       もっとはっきり

       このひとたちにきこえるやうに云ってくれ……

私も、あの、暖かくて楽しい、五月の風を、この耳に聞き取ってみたいと思います。

■萱草の花 「萱草」と書いて【かんぞう】【わすれぐさ】などの読み方があります。由来は中国の古い故事にあり、既に万葉集などでは大伴旅人の歌に読まれているように、この花を身近に置いたり、身に着けたりすると、心にかかる悩みを忘れさせてくれるという言い伝えになっています。
http://www.hana300.com/yabuka.html

■ニワトコ (接骨木、庭常、学名:Sambucus sieboldiana(またはS. racemosaの亜種))はスイカズラ科の落葉低木。
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/niwatoko.html

■蓴菜 古くから食用とされており、『古事記』や『日本書紀』、『万葉集』に奴那波(ヌナハ、あるいはヌナワ)として、すでに記載が見られます。現在では、高級な料亭でないと食べられない山菜かもしれません。
http://www.hana300.com/junsai.html

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コメント

「早春独白」では、さっと匂い立つような
鮮烈な紅を感じましたが、こちらはもっとずっと穏やかです。
そろそろ、萱草の季節ですね。

これを読んだとき、萱草は一日花なのだけれど、賢治はそれをも踏まえて書いたのかな、ということでした。

次の稿では、花は睡蓮に変わってしまいます。
萱草は、すくなくともまる一日は花を開いているのに、睡蓮は、午後も半ばで閉じてしまいますね。翌日、またひらきはしますけど、なにかそんな儚い思いもあったのでしょうか。

もっとも、これは、「早春独白」のときに孝輔さんの書かれたコメントに影響されているのかもしれませんね。

それにしても、たしかに初稿のほうが、すきですね。
たんねんに読まれている、といつも思います。

投稿: Suzuka | 2008年4月26日 (土) 14時05分

おはようございます。
この作品を詠んでいて、萱草(カンゾウ)の花について調べてみました。すると、やはり、万葉集がらみの短歌が出てきます。古来からこの花は、季節の花として短歌では季語として使われるようですね。しかも、「わすれ草」というロマンチックな別名もあります。万葉集はもとより「今昔物語集」、「古今和歌集」、「土佐日記」など、多くの古典にも登場するそうです。賢治は、その事を知っていて、この花を作品に使ったのだと思います。

○ 忘れ草 吾(わ)が紐につく 時となく 思ひわたれば 生けりともなし ・・・・万葉集(巻12-3060)作者不詳 

(いつもあの人のことを想っているので、生きている心地もしません、どうにか忘れようとして忘れ草を紐につけ、身につけてみたのですが…)

○ 忘れ草 わが下紐に つけたれど 醜(しこ)の醜草(しこくさ) 言(こと)にしありけり ・・・万葉集(巻4-727)大伴 家持

(忘れ草を下着の紐につけたのに、憎きこいつは、何の役にも、たたないではないか。私はあなたのことを、少しも忘れることができないで、ずっと想い続けているのです。忘れ草なんて、ただ言葉の上だけのことではないか。)

これは大伴家持が、恋人の坂上大嬢(さかのうえのいらつめ)に贈った相聞歌(そうもんか)(男女の恋歌)だそうです。

○ 萱草(わすれぐさ) わが紐(ひも)に付く香具山の 故(ふ)りにし里を忘れぬがため・・・万葉集 (巻3-334) 大伴旅人 

(衣の紐にわすれ草をつけよう、若い日に過ごした天の香具山がなつかしい。
あの故郷を一刻も忘れ得ず、胸がしめつけられる私だから・・・)

この歌を詠んだときの旅人は 太宰の帥として大宰府にいました。
もう60歳を越え、この任地で伴ってきた妻を亡くしました。遠い故郷を恋しく想い、妻と過ごしたあの若い日に、胸をあつく蘇らせて詠ったのでしょう。

万葉集では、萱草の花と紐が出てきますね。賢治のこの作品にも、萱草の花と、紐・・粗い縄がでてきます。

作品では、賢治の心には、まだ妹のトシさんの事が、気持ちの中にあったのではないでしょうか?それは、次の一節を比べてみると、わかるのではないでしょうか?私は、なんとなくそんな感じがするのですが・・・

今日でない日は青いつるつるの蓴菜を入れ

   欠けた朱塗の椀をうかべて

   朝の爽やかなうちに町へ売りにも来たりする


そして、次は、有名な「永訣の朝」の一節です。


うすあかく いっさう 陰惨(いんざん)な 雲から
みぞれは びちょびちょ ふってくる
(あめゆじゆ とてちて けんじゃ)

青い蓴菜(じゅんさい)の もやうのついた
これら ふたつの かけた 陶椀に
おまへが たべる あめゆきを とらうとして
わたくしは まがった てっぽうだまのやうに
この くらい みぞれのなかに 飛びだした


どちらも、青い蓴菜の模様がついた欠けたお椀が出てきます。

青い蓴菜の模様がついた欠けたお椀は、賢治と妹トシさんが幼少から使ってきた、お揃のもので、唯一の兄妹の証だったのではないでしょうか。

こんな風に、調べていくと、とても、興味深いですね。・・・万葉集まで、調べなきゃならんという手間と時間が掛かりますが・・・・(笑)


投稿: 孝輔 | 2008年4月27日 (日) 09時52分

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